樂しい日記 2005年8月

2005 年 8 月 1 日 (月)

名古屋

ボス(渾名)と名古屋へ出張。先日のリベンジ(何)。

晝食は味噌カツ定食。

引率者の寄合ひ

夜、教會で「こどもおぢばがえり」の引率者の寄合ひ。

げ、ポンのおつちやん(誰)が仕事が忙しくて行けない、だと。うーむ、困つたぞ。

2005 年 8 月 2 日 (火)

仕事のメモ

先週からの宿題を片附ける。

インストール用CDを作り、セットアップ・マニュアルを(少し手直しして)印刷し、某國(どこ)に發送する。

次に、昨日の宿題。

まづ、肝腎の事務處理(何)。

次に、技術資料(何)を改訂して、メールで送る。

そして、貰つて歸つたブツ(何)を檢分する。これは豫想通りの内容だつたので、プログラムを手直しする必要は無いことが判つた。よしよし。

ただ、檢分中に、プログラムが實態から乖離したエラー・メッセージを出す場合があることが判明した。これは不味いので直す。

もう一つ、いや、二つか、大きな問題が残つてゐる。ちよつと調べかけたが、今日は時間切れ。おしまひ。

2005 年 8 月 3 日 (水)

こどもおぢばがへり(一日目)

8:15頃、たいこ辨當の南側の駐車場からバスに乘る。

かづまくん、たいきくん、しゆんくん、たかひろくん、そして、けいさくとゆうすけ、合計六人の小學一年生を引率して行く。頼みの綱のポンのおいちやん(誰)はゐないので、腹を括つて、常時子供たちと行動を共にする覺悟を決める。

大變かと思つたが、さうでもなかつた。いつもの年に較べると、出來るだけ休まずに動いて、子供たちの近くにゐるやうにしたのだが、却つて疲れが少なかつた。

六人とも元氣で樂しくやつてゐる。夕方、子供たちの樣子をメールでかみさんに報告する。お母さん達には、かみさんからメールや電話で樣子を傳へて貰ふ。

特に問題もなく、一日目は終了。

子供たちが寢た後(と言つても、高學年の子達はまだ起きてゐたやうだが)、彩華ラーメンで反省會(何)。

2005 年 8 月 4 日 (木)

こどもおぢばがへり(二日目)

さすがに、午後になると、元氣だつた子供たちも少し疲れが見えてきた。

歸りのバスに乘り込んで一安心する。

昨日の朝と同じやうに、たいこ辨當の南側の駐車場でバスを降り、お母さん達の出迎へを受ける。子供たちが、怪我も病氣もせず、喧嘩もせずに、二日間を樂しく過してくれたことを有難く思ふ。

2005 年 8 月 5 日 (金)

仕事のメモ

はちべゑ(誰)の歸朝報告(何)を聞く。あつち(どつち)で、松原氏(誰)に遭遇したさうな。仕事の事では、どうもやはり値段の問題が大きいかな、といふ事。また、それ(どれ)よりもあれ(どれ)の方が有望かな、といふ事。

今日も宿題の殘り(何)をやる。

2005 年 8 月 6 日 ()

多忙な休日

朝、子供たちとプールに行く。久しぶりにあ君(誰)と出會ふ。

おぢいちやん(義父)が膽嚢炎で入院することになつた。特に大事ではないやうだが、かみさんがバタバタと入院準備で忙しくしてゐる。子供の晝飯を僕が作ることになつた。インスタント・ラーメンで勘辨して貰ふ。

午後、子供たちの習ひ事(何)の送迎。と言つても、勝手に歩いて行つて、勝手に歩いて歸つて來るから、どうと言ふ事は無いのだが。

けいさくが先日の小遣ひの殘りで本を買ふと言ふので、本屋に連れて行く。

ばたばたの合ひ間を縫つて、かみさんの仕事の手傳ひをする。うんざりする程の超特大柄(何)。朝から始めて、丸一日やつても終らない。夜半にやつと完成。

2005 年 8 月 7 日 ()

多忙な休日(續き)

たかちやん(誰)に起されて、催促された。約束通り、ガンダムのプラモデルを組み立ててやる。たいきくん(誰)のお母さんは二時間半で完成させたさうだ。大したもんだ。

午前中、餘つた時間で、寫眞を整理する。

午後、岩座神で蕎麥を植ゑる豫定の田圃に除草劑を撒布する。まさみちやん(誰)に機械を借るためにクラインガルテンの管理棟に行つたら、まあ、それは良いから一杯飮め、といふ事で、コーヒーを御馳走して貰つた。

作業終了後、機械を返しに行つたら、今度はビールを御馳走して貰つた。

お返しに、ずつと前から頼まれてゐた「祝儀袋用名前印刷文書」(何)を Word で作成する。そんなもん、手で書いたら良えやん、と言つて放置してゐたのだが、どうしても印刷したいんださうである。用紙のサイズを祝儀袋に合はせて、用紙の下半分、眞ん中あたりに縱書きテキスト・ボックスを配置し、それらしいフォントとサイズで名前を入れて、はい完成。上半分の「御見舞」だの「御香料」だのは袋に印刷濟みなので省略。

岩座神で風呂に入り、夕食を攝る。

今日はたかちやんがお泊り。

2005 年 8 月 8 日 (月)

仕事のメモ

宿題(何)の殘りをやる。

職場のエアコンが不調。暑くて堪らん、と思つたら、一轉して、寒すぎて腹の調子がをかしくなる。

2005 年 8 月 9 日 (火)

仕事のメモ

今日もエアコンは不調。

宿題の續き。舊システム(何)からデータ・ファイルをインポートする機能の作成に着手する。

ファイルから struct A を讀み込むのに、小さな struct a1, struct a2, struct a3 に分解して讀んだら、うまく行かない。結果がをかしくなる。struct a3 で4バイトのズレが發生する。

何のことはない、よくある構造體のアラインメントの問題だが、そのことに氣附かずにたつぷりと小一時間も惱んでしまつた。char と short int だけを見て、double を見落としていたのが敗因。

メモ

けいさくが風邪で發熱。

2005 年 8 月 10 日 (水)

仕事のメモ

昨日の續きで、インポート機能をしこしこと作る。

月次祭

夜、岩座神で月次祭。

2005 年 8 月 11 日 (木)

仕事のメモ

昨日の續き。ほぼ出來た。少し殘つた部分を歸宅してから仕上げる。

メモ

教會で、子供たちの「お樂しみ會」(何)。ちよつとだけ顔を出す。

けいさくの風邪はほぼ治つたやうだが、入れ替はりに、ゆうすけが發熱。

2005 年 8 月 12 日 (金)

大掃除(部屋の模様變へ)

夏期休業前の大掃除。午前七時より開始。

四月に入社した人たちを部屋(何)に受け入れるために、机の配置を大幅に變更することになつた。また、新人が加はる事によつて、グループ編制も若干の變更を受ける。そのため、机は動かさねばならないは、開發機材や文書類を伴つて席を移動しなければならないはで、もう、大騷ぎである。

午後三時頃、やうやく落ち着いた。

メモ

病院におぢいちやん(義父)を見舞ふ。血色も良く、どこが病氣なのかよく判らない。外泊許可を得て、今夜、歸つてくると言ふ。煙草をやめたさうだ。

夕方、ゆうすけの發熱がぶり返す。三木醫院に連れて行つたところ、もうしばらく熱が退かないだらう、解熱劑(坐藥)を使つてやつてくれ、とのこと。

けいさくは、まだ少し熱が殘つてゐるやうだが、元氣である。

2005 年 8 月 13 日 ()

そうめん流しとバーベキューとスイカ割り

大平キャンプ場(どこ)で、そうめん流しとバーベキューとスイカ割り。

六家族、大人が10人、子供が確か13人。

歸省

夜、岩座神へ妹の家族が歸省してきた。ただし、お姉ちやん(誰)は、クラブの練習が忙しくて、歸つて來ず。

2005 年 8 月 14 日 ()

墓參り、五十年祭、五年祭

朝早く、岩座神の株内の墓に參る。

八時から、教會で、伯父の五十年祭。

十一時から、岩座神で、父の五年祭。

2005 年 8 月 15 日 (月)

マザーボード故障

かみさんのパソコンが起動しない。BIOSの畫面で「キーボードが繋がつてゐない」とか言つて止つてしまひ、ハードディスクからOSを讀み込む所まで行かない。

キーボードを插し直してみたり、別のキーボードを繋いでみたりしたが、何ともならない。どうも、マザーボードが故障したやうである。

應急措置として、僕のパソコンを貸し出す。

2005 年 8 月 16 日 (火)

夏休みの工作

子供たちの夏休みの工作として、一緒に竹筒の貯金箱を作る。

2005 年 8 月 17 日 (水)

夏季休暇明け

夏季休暇明けの仕事始め(違)。

勤續○年の記念品(の目録)を貰ふ。記念品は、自分で好きな物を買へば良いんださうだ。領收書と引き替へに○○圓が渡されるとのこと。さて、何を買はうか。

新しい體制が發表された。

机の囘りを整理する。

マザーボード發註

故障したかみさんのパソコンを修理するためにマザーボードを發註する。

Socket 370 tualatin 用のマザーボードは、もう、ほんの二三種類しか出囘つてをらず、選擇の餘地はあまり無い。「370マザー入手のラストチャンス!?」とか言つてゐるのを註文する。8,000圓をちよつと切る價格。

2005 年 8 月 18 日 (木)

仕事のメモ

南の島(どこ)から依頼されてゐるドキュメント(何)を作成する。畫面のハードコピーを澤山使つたので、結構なボリュームになつた。

2005 年 8 月 19 日 (金)

仕事のメモ

納品用ドキュメント、「詳細設計書」(何)の作成に着手する。「泥繩」と言ふが、この場合、泥棒は既に牢屋に放り込み濟みなので、今更繩を綯つても使ひ途が無いのだけれど。

午後、新しいグループの初會合。

マザーボード交換

家に歸ると註文してゐたマザーボードが屆いてゐた。何か、はかなげな印象のマザーボードだな、これ(どれ)。

かみさんのパソコンをバラして、マザーボードを付け替へ、再度組み立てる。

電源を入れたら、何の問題もなく、BIOS が起動した。

驗しに OS(Windows 2000 Professional) を立ち上げてみた所、これも無事に起動してしまつた。マザーボードが替つたのだから再インストールしないと動かないかと思つてゐたのだが、特に問題は無いやうだ。もつとも、全くの無問題といふ譯ではなく、いくつかのデバイス・ドライバをインストールする必要があつたのだが、大半は OS が自働的に認識してやつてくれた。

と言ふ次第で、あつけなくも、修理完了。

2005 年 8 月 20 日 ()

プール

午前中、久しぶりに子供たちとプールに行く。

月次祭

午後、教會の月次祭。

2005 年 8 月 21 日 ()

草刈りとか、種蒔きとか

PTAの奉仕作業で草刈り。

岩座神で、蕎麥の種蒔き。

ばて氣味。

2005 年 8 月 22 日 (月)

仕事のメモ

メンテナンス用ドキュメントを作成する。「ブロードバンド・ルータを介して pcAnywhere を使用する方法」といふもの。Word で書いてしまつたが、HTML にしておくべきだつたか。

2005 年 8 月 23 日 (火)

仕事のメモ

納品用のドキュメント(何)をしこしこと書く。頁數が命、みたいな文書をでつち上げなくても濟むだけ、今囘は耐えやすい。

戰爭について

ときどき、私はコピペ厨(何)になるのである。

私が戦争に反対するのは、闘いに臨む際の人の気分がたまらなく嫌だからである。自己陶酔とでも言うべきこの気分は、どう合理化した説明をしようとも所詮は臆病者の気分である。

ところで私はかつて、この気分に陶酔したことがある。「平和のために」あるいは「人民のために」という大義名分の実現のため「戦争も辞さず」いや「戦争しかない」という気分を持ったことがある。なるほどその時の高揚感には得も言われぬ充実感があった。しかし、年を経て、この気分のために大きなものを捨て去ったのではないかと思い始めた。人間として捨ててはいけないものが「戦争のため」という理屈のためにどれだけ多く捨てられたか、また私自身が捨ててきたかという問題である。それは「戦い」という現場を体験すればするほど、この行為が人間としての精神に逆行するとわかり始めたということでもある。こうして私は全ての戦争に反対することとなった。

しかし、現代はアメリカによる力の支配が極限の状況まで過酷になっている。抵抗する側に残された手段は自爆しかない。このため気分としては戦争に反対する意志の質を「戦争を止めさせるための戦争」を容認する方向へと変化させたくなる。もう一度「間違ってみようか」と思い始めた。しかし、かつてのような充実感や高揚感のない、しらけたものとして。

宮崎学 『戦争反対の営み』 - 本音のコラム128回 2005/8/18

もうひとつ、『ひめゆり』といふミュージカルを觀たくろはた兄(誰)の文章も。

滝軍曹という人物が描かれる。彼は美しい国と人々を守るために生きている。また生きて虜囚の恥を受けずという態度を持ち他人にもそうであるように望む人物だ。

軍曹の対極にいる人物として上原婦長が描かれる。彼女は傷病兵の看護はもちろん、学徒達に優しく声を掛け励まし、みんなに生きてくれと言い続ける人物。

学徒や兵士、そして民間人が逃げ落ちた洞穴で赤ん坊が泣き出す。軍曹は母親をスパイと決めつけ、泣きやまない赤ん坊をひねり殺し、怒る母親をも撃ち殺す。

婦長は逃げ落ちるときにお腹を撃たれ息も絶え絶えになっている。そこへ主人公のキミが洞窟に現われる。彼女は皆とはぐれてしまい、ようやく一人、合流することができたのだ。

そこへ米軍からの投降を呼びかける声が聞こえてくる。キミは生きるために投降しようと呼びかけるが、軍曹は許さない。軍曹はキミを撃ち殺そうとする。その時、婦長は学徒達の先生から預かっていた拳銃で軍曹を撃つ。

人の死を善しとしない婦長が軍曹を殺すのだろうか?

僕がこの作品の作り手だったとしても、そうさせたと思う。婦長が元気だったなら身を挺してキミを守ったことだろう。それが出来ないからそうするしかなかったのだ。そしてその時点で婦長と軍曹は同じになってしまう。つまりは軍曹も婦長も同じ論理で行動しているのだ。二人ともできるだけ多くの人を生かすために、誰かを殺すという選択を迫られてしまう。

何が問題なのか? 二人をそのような選択におとしめた戦争という出来事である。人に殺人を迫るその状況こそが根本問題なのだ。二人とも立場によっては悪人であり善人であろう。しかし、このような状況にならなければ殺人を行なわなくてすんだのだ。「人を殺してはいけない」というのは絶対真理ではなくて、「人を殺すことが正当化される状況を作ってはいけない」ということのほうが正しいもののように考える。

くろはた 『ひめゆり』 - 過ぎ行く今は星の瞬き 2005/8/7(Sun)

2005 年 8 月 24 日 (水)

仕事のメモ

午前中に納品用のドキュメントを完成。

午後、あれ(どれ)に手を着ける。

2005 年 8 月 25 日 (木)

仕事のメモ

昨日、半日考へた結果、取り敢へず、あれ(どれ)に着手する前に、こつち(どつち)からあれ(どれ)を呼び出す機能を整備しておく事にした。あれ(どれ)だけでなく、ボス(渾名)が作つたそれ(どれ)も、かれ(何)も、更には作る豫定の彼女(何)も、みんな同じやうな呼び出し方をするので、この邊りできちんと整理しておくのが良いだらう。

と言ふ譯で、ちよつと打ち合せもする。

2005 年 8 月 26 日 (金)

仕事のメモ

ぼちぼちと製作に取りかかる。

2005 年 8 月 27 日 ()

のどかな休日

午前中、部屋の片附けをしたり、「書き方教室」へ子供を迎へに行つたり。

午後、從兄が來訪。使はなくなつたコンピュータとプリンタを引き取りに來て貰つたのだが、それはそれとして、取り敢へずは罐ビールを二本づつ空けた。

2005 年 8 月 28 日 ()

般若會

岩座神神光寺の般若會(おはんにや)。

寺當番なので、朝八時から、寺の掃除をする。男衆三人は、境内と駐車場(まあ一應)と墓地の掃除。女衆三人は、本堂と庫裏の掃除。

ガルテンの管理人さんがあらかじめ草刈りをしてくれてゐたので隨分助かつた。

十一時頃に掃除と準備が終つた。

午後、般若會。三時頃に終了。

寺當番は今日で終つて、次の組に引き繼いだ。やれやれ。と思つたら、十月の秋祭から、宮當番なんだと。

2005 年 8 月 29 日 (月)

腹立ち

何でこんなに腹が立つのだらうと自問してみたところ、自分の領分を侵されたやうに感じるからだといふ結論が出た。が、もう一歩退いて考へてみると、別に僕の領分と言ふ程のものでもないのである。

腹を立てると覿面に仕事の能率が落ちますな。身體にも惡いし。今日は駄目駄目。

Last-Modified

昨日、日記のスクリプトをちよつと變更した。その所爲で、某日記ブラウザで、24時間近くトップを獨走し續けたやうだ。さつき、慌てて再修正した。

元々、日記のスクリプトは、日記のデータ・ファイルが更新された日時を Last-Modified として出力してゐた。それを、現在の時刻を Last-Modified として出力するように變更したのだ。ある問題を囘避するためにさうしたのだが、やはりこれは拙かつた。あんてなさん(誰)、ごめんなさい。嘘を吐いてはいけませんね。

ある問題といふのは、Windows 版の firefox において、「閲覽モード」の變更が期待通りに動作しない、といふものであつた。この日記スクリプトは Cookie に保存されてゐる「閲覽モード」を取得して、ブラウザに返す文書の内容を動的に變化させてゐる。しかし、firefox は、GET で新たに文書を取得した場合であつても、URI と Last-Modified の同じ文書がキャッシュの中に存在する時には、無條件にキャッシュの方を表示に使用する。Pragma: no-cache も效果が無い。これに對して、Windows 版の IE は、新たに取得した文書の方を表示する。どちらが正しい動作であるのかは、よく知らない。しかし、この違ひによつて、IE では期待通りの動作をしてゐる「閲覽モード」の變更が firefox ではうまく動作しないといふ問題が生じてゐたのである。

Last-Modified を現在時刻にしてはいけない、となると、「閲覽モード」を QUERY_STRING として URI に含める以外に手が無ささうだつたので、再修正して、そのやうにした。多分、これでもう大丈夫だと思ふ。

2005 年 8 月 30 日 (火)

仕事のメモ

作りかけてゐた物を綺麗さつぱり棄てて、もう一度、最初から作り直す。

ああ、この方が良い。後は、こねこねごりごり(何)するだけ。面倒臭いけれども、難しい所は無い。あんまり時間を掛けられないのがちよつと辛いか。

『家なき子』

子供たちが寢る前に本を讀んでやるのは僕の仕事になつてゐる。

かみさんに、たまにはあんたが讀んでやつたら、と言ふと、お辨當と朝の食事の準備と後片附けと掃除と洗濯と學校の送り迎へと夕方の食事の準備と皿洗ひとを交代してくれたら讀んでやつても良い、と言はれた。うぐ。

これまでにいろんな本を讀んだ。最近では、城陽の妹が誕生日のお祝ひに送つてくれた『大どろぼうホッツェンプロッツ』の連作とか、これまた妹が送つてくれた甥つ子(誰)のお下がりの『ぼくときどきぶた』、『はれときどきぶた』、『あしたぶたの日-ぶたじかん』などの矢玉四郎の童話とか、少し前だと、『エルマーのぼうけん』のシリーズなど。

『家なき子』は、かみさんが、子供の頃に讀んでもらつて非常に感銘を受けたので、子供たちにも是非とも讀んで聞かせてやりたい、と言つた。かういふのはちよつと苦手かな(僕が)、と思つたので、おお、それは良い、どうぞ讀んでやつてくれ、と言つたのだが(以下略)。

原作はかなり長い小説であるらしいが、今讀んでゐるのは、年少者向けの抄譯である。細部の描寫が端折られてゐる爲か、割とあつさりした感じではあるが、今日讀んだところで、二匹の犬が死に、猿が死に、お爺さんが死んだ。子供たちはどういふ事を思ふのだらうか。

2005 年 8 月 31 日 (水)

大須

はちべゑ(誰)と連れだつて、名古屋は大須へ出張。

晝食は、矢場とんの味噌カツ。

肝腎の仕事の方は(以下略)。


閲覽モード 通常モード

閲覽モードとパスワードの詳細については、閲覽モードとパスワードについて をご覧下さい。