- 医療事故にあわないためには病院に行かない -

明城文化フォーラム21・講演会

2004 ( 平成16 ) 年 5 月 31 日 新阪急ホテル「紫の間」

元天理よろづ相談所病院副院長 今中孝信

はじめに

我が国では現在、政治、経済、社会、教育、医療すべての分野において先の見えない不安な時代ではないかと思います。特に、医療については、医療事故が毎日のように報じられ、世界に誇ってきた医療保険制度の破綻が心配されています。

しかしながら、右肩上がりの高度経済成長のもとで、国民が物カネでしか物事を考えられなくなってしまったことにその原因があると私は考えています。医療は本来、手当という言葉がありますように、人が人の世話をするものであり、お互いの心が何よりも大切です。その意味で、現在の状況は医療について改めて考えるよい機会ではないでしょうか。

私は天理よろづ相談所病院において25年間にわたり、人間をまるごと診る総合診療に携わってきました。その立場からしますと、医療に対する考え方、毎日の生活のしかたを少し変えるだけで、健康・病気・老いに対する不安は軽くなり、おおらかに、のびのびと自分自身の人生を楽しむことができるのです。

医療に危険はつきものであることを知る

毎日、医療事故や訴訟の記事が新聞に載らない日はないくらいですが、それが本当に恐ろしい形であらわれてきたのが慈恵医大の青戸病院における手術ミス事件です。前立腺がんの患者さんに内視鏡手術を行い、大量出血で死に至らせたドクター三人は逮捕されました。皆さんもショックだったと思いますけれども、私たち医者もすごくショックを受けました。十分な経験もないのに自分たちだけでやってみたいからやったということが許されるはずがありません。

医師の臨床研修については "see one, do one, teach one" ということが基本とされています。最初は先輩医師が行うのを見学し、次に実際にやらせてもらい、最後は後輩医師に教える、そしてはじめて身に付くということです。今回の慈恵医大のケースは一人の医師が少しは経験があったようですけれども、あと二人は全然経験のない医者でした。この三人で手術をするなどというのは普通の神経であれば怖くてできないことです。

これは大学病院に課せられている研究や先端医療の宿命というものではありません。今やこういうおかしな人間が医者になっている一つの証明といえます。頭だけはいいのですが、人を助ける仕事につきたいという気持ちのない人が医者になっているのです。

医療事故の多さについては慈恵医大にかぎりません。厚生労働省が平成12年から14年にかけて、約2年間にわたって、大学付属病院が80、国立がんセンター、国立循環器病センター、あわせて82の病院について医療事故に関する調査をしました。結果は、驚かれるでしょうが1万5千件もありました。しかも、このうち387件は抗がん剤の誤まった投与や手術時に器具やガーゼを体内に置き忘れるなど重大な事故だったのです。

これらの病院は我が国を代表する病院です。優秀なスタッフが揃い、いくら気をつけていても人間である以上ミスは起こります。医療というのは安全でなものと信じておられたら間違いです。それはオーバーな話ではないかと言われるかもしれませんが、皆さんの知らないところでミスが起こっているのです。ミスを起こしたら、ミスを取り返そうと思って医師やスタッフは必死に頑張ります。そして事なきを得れば表に出ないのです。

トップレベルの病院ですらこれですから、どこで診てもらうにしても「医療そのものが危険性を持つものである」ことを覚悟して医療を受ける必要があります。外科はメスを使うので怖いけれど、内科は大丈夫ではないかと思われたら違います。内科は検査の事故がありますし、薬の副作用は大小数かぎりなくあります。

このような事故に遭いたくなかったらどうすればいいのでしょうか。答えは安易に病院に行かないことです。病院で受診するはっきりした目的があり、病院は危険なところでもあることを納得したうえで行くことです。特に、高齢者はこのことがいえます。後で述べますように、高齢者は入院すること自体が病気の原因になりうるのです。極端ないい方をすれば、「ダメモト」で行けばいいのです。そうすれば、現代医学の恩恵に浴することも少なくないはずです。

医療の限界を知る

医学の進歩には目覚ましいものがありますが、それがそのまま人間の長寿には結びつきません。専門診療は科学に裏付けられていますが、臓器の病気を中心に人間を部分的、分析的にとらえ研究しています。いわば、人間を虫眼鏡で見ているようなものだからです。

例えば、我が国の国民病であった肺結核が減った理由は、ストマイやパスなど結核の薬によるものと考えられていますが、それだけではありません。感染症は栄養状態の善し悪しと大いに関係します。実は結核の薬が使われる以前、日本の経済状態が良くなってきた時期から、すでに結核は減少カーブを描いていたのです。現在でも世界を見渡せば、貧しい国では肺結核が問題ですし、平均寿命も40歳台なのです。日本人の平均寿命が延びた理由も、誰でも医療を受けられる医療制度の充実だけではなく、50年以上にわたり平和が続いていること、栄養が改善したこと、衛生状態がよいことなどが重なってのことだと私は考えています。

ちなみに、世界中の医師が読んでいる医学雑誌「New England Journal of Medicine」の名編集長として有名なインゲルフィンガー氏は、1977年に病気の治療に果たす医療の役割を分析し、医療によってよくなる病気が11パーセント、医療によって悪くなる病気が9パーセント、残りの80パーセントは医療によって変わらないとしています。

こういうショッキングな論文が出ますと、いろんな分野で大きな影響が出ます。普通は反論が出るものです。結論の導き方がおかしいとか、その根拠としているデータがおかしいとか、分析の仕方を変えたら別の解釈もできるとか、いろんなクレームが出てもおかしくありません。追試といいまして、別の人が同じ方法でやり直してみることもあります。ところが、氏の論文が発表されてから現在に至るまで、論文に欠陥があったという論文は出ていないのです。

むしろ、これを支持するデータがアメリカ政府から発表されています。そもそも、病気の治療をするのは病気があると長生きできないという考えに基づいています。薬を飲むことによって病気がどれだけ減ったということよりも、どれだけ生きられたかということが大事なことです。別の言い方をすれば、亡くなる原因に病気がどれだけ関係しているかです。

アメリカ政府の死因に関する発表によりますと、医療システムの問題で亡くなっているのが10%、生まれつきの遺伝的な問題が死因にかかわっているのが20%、環境問題に原因があるのが20%、残る50%は生活習慣病です。これは個々人の生き方の問題です。だれの責任でもありません。自分が種をまき、長い年限にわたって育ててきた病気です。分身ともいえるものですから根本的な治療法はありません。

このようにみてきますと、科学としての医学が皆さんから非常に頼りにされ、そのうち医学の進歩によって不老長寿が実現されると期待する人もありますが、夢物語であることを理解していただけるのではないでしょうか。最近は遺伝子によって寿命が決まっていて、遺伝子を操作すればいくらでも生きられるというバカな学者がいますがとんでもない話です。寿命というのは、遺伝子だけでなく、個人の生き方、栄養状態、環境、ストレス等の総和で決まると私は考えています。

「健康になりたい病気」にかからない

「健康になりたい病気」とは、いろいろな健康情報に振り回され、かえって健康を損なっている人のことをいいます。例えば、この病気にかかると、コレステロールの値が少し高くても非常に気にします。コレステロールが高いと良くないというのは心筋梗塞が多いアメリカでの話なのですが、なにがなんでも「正常値」にしようとがんばります。

コレステロールはそんなに悪いものでしょうか。実は、コレステロールは細胞膜の大事な成分であり、各種ホルモンの材料でもあるのです。栄養状態を反映し、栄養が悪いと結核や肺炎などの感染に弱くなることは先に述べた通りです。この観点からしますと、高いから悪いとは必ずしもいえません。はたして、ある研究によりますと、コレステロールを200mg以上と以下に分け、寿命を比べてみると高いグループのほうが長生きであることが分かりました。

また、「フィンランド症候群」という報告があります。フィンランド保健局が40歳から45歳の上級管理職600人を選び、15年間にわたって定期健診や栄養チェックをし、適度な運動をさせ、タバコ・アルコール・砂糖の摂取を抑制させました。一方で、同じ職種の別の600人には目的を一切知らせず、健康調査票に記入してもらいました。結果は、心臓血管系の病気、高血圧、死亡、自殺ともに、健康管理をしたグループの方が多かったのです。

「健康になりたい病気」の人が気をつけなければならないのは健康診断の結果です。健康診断では、検査結果が正常範囲より少しでもはずれると、異常ないし病気と診断しますが、正常値をどうして決めているのでしょうか。健康と思われる人について検査し、極端に値が低かったり高かったりする5%を除いた95%の人の値を「正常値」と仮に決めているのです。したがって、検査結果が異常であればすぐに病気ということにならず、場合によっては健康診断が病気づくりになっている面があります。

健康診断の結果を有効に活用するには、自分自身の正常値を知ることです。これは、毎年受けている検査データを並べれば分かります。毎年、同じ値であれば、集団の正常値から少しくらい外れていても心配ありません。正常範囲にあっても毎年の値と違っていれば異常と判断します。この場合は、精密検査が必要です。

これらのことは、断片的な健康情報に振り回されていれば "勘定合って銭足らず" になるおそれがあることを示しています。人間は一人ひとり違いますが、健康についても同じことがいえます。身体面だけでなく、精神心理面、社会面を含め、総合的にとらえる必要があります。健康かどうかを検査結果だけで判断するのは間違っています。自分のしたいことができれば健康なのです。逆に、やりたいことがないのは不健康といえます。健康度は朝起きるときの状態や顔つきでも簡単に判断できます。

病気の効用を知る

私たちは誰でも病気になりたくないと考えています。特にバイキンに対して恐怖心を持っていますから、抗菌グッズが売れに売れているのです。ところが、健康に生きるためには、バイキンと仲良くしなければなりません。バイキンと共存することによって身体は強くなり、重い病気にかからなくてすむのです。

例えば、風邪はありふれたウイルス感染による病気です。インフルエンザは別にして、風邪を引くのは疲れていたり気落ちしているときが多いものです。これは免疫の力が落ちているためです。また、風邪にかかってしまった場合、病院で受診し薬を飲まれることが多いと思いますが、実は薬を飲んで熱とか咳を軽くすることはできますが早く治すことはできません。風邪は免疫(白血球)の働きで五~七日すれば治ります。治らない場合は、合併症を起こしている可能性があります。要するに、風邪の治療は休養が一番であり、休養することによって体力を回復することができるのです。ところが、風邪くらいと頑張りすぎますと、「万病の元」になるおそれがあります。

また、たくさんの方が苦しんでおられるアトピーとか花粉症などのアレルギーの病気と、バイキンの感染と関係があることがわかってきています。子どものときにバイキンを多く食べておくほうがアレルギーが少ないのです。昔はほとんどの子どもは青ばなを出していました。これは副鼻腔炎(蓄膿、ちくのう)にかかっていたためですが、当時は花粉症など皆無でした。

感染に対する免疫はバイキンをやっつける望ましい反応ですが、異物に対するアレルギーは望ましくない過剰な反応です。ところが身体の仕組みからいえば同じ反応なのです。そのため感染を繰り返しますと、免疫組織が相手をみて適度に反応することを学習するのです。これが感染によってアレルギーが少なくなる理由です。したがって、バイキンが一概に悪いとはいえず、常に清潔であることは子どもにとって仇(あだ)となるのです。

最近はストレスが原因の病気が増えていますが、ストレスが身体の病気となって現れる心身症もそうです。作家の夏樹静子さんの腰痛体験記が話題になっていますが、心身症はいろいろな病気の原因になります。無理な生き方に対する身体の警報と受け取り、生き方をかえることができれば全快し、そのままの生活を続ければなったかもしれない大きな病気を免れることにもなります。このように、病気は悪いことばかりでなく、いろいろな効用があることを知る必要があります。

老いを受け容れる

高齢者の年齢に見合った動脈硬化や機能低下は生理的なものであり、必ずしも病気とはいえません。怖れられているガンにしても老化現象の一つとして現れる面もあります。老人ホームで「老衰死」した人を解剖して調べますと、三人に一人はガンだったというデータもあります。

卑近な例では、高齢者は餅を喉に詰まらせて死ぬことがあります。これも、事故のみとはいえません。もともと高齢者はものを飲み込むとき、食道と気管の交通整理がうまくいかず、唾液を気管に吸い込んで嚥下性肺炎になることも少なくないのです。

意外に思われるかもしれませんが、高齢者は入院することが病気の原因になりうるのです。もともと元気な高齢者が健康診断でガンが見つかり手術のために入院したとします。手術が成功し元気に退院するまでには、少なくとも次の5つの "障碍物" を乗り越えなければなりません。

  1. 環境の変化によってボケたようになることがある。

  2. 安静によって使わないところがあっというまに衰える。

  3. 脱水によって血栓ができやすくなる。

  4. 手術前の検査で腎臓を悪くすることがある。

  5. 麻酔や手術が負担になり、手術後の回復も壮年とは違う。

老いの速度は個人によって異なりますが、誰でも老いを避けられないことを自覚すれば、老いを無視した無理な健康志向にならずにすみます。実際にどう生きればいいのか。それには細かすぎる健康情報よりも「健康な老人の生きかた」を知ることが役に立ちますが、次の資料が参考になります。

国民健康保険中央会が、活動的で自立した生活をしている80歳~85歳の健康老人3159名に聞き取り調査をした結果、次のような特徴を認めました。

食事は一日三回、規則正しく、よく噛んで食べる。食物繊維をよくとる。お茶をよく飲む。たばこを吸わない。かかりつけ医を持って定期的に健診を受けている。自立心が強く、人生に前向きで肯定的。気分転換をしている。新聞をよく読む。テレビをよく見る。外出することが多い。よく歩く。就寝・起床時間が規則的。

7割は治療中の病気がある。86%は自分自身のことを健康だと思っている。77%が生きがいを感じている。79%が経済的に満足している。81%が精神的に満足している。交友関係も豊富。過半数は何でも相談できる友達がいる。7割が元気づけてあげている人がいる。地域活動・ボランティア活動に参加している。

(辻一郎『のばそう健康寿命』岩波アクティブ新書2004)

教育の分野ではロールモデル(role model)が重要といわれていますが、高齢者の健康についても、これらの健康老人は生きたお手本になります。

賢い患者になるためのABC

「医者の上手なかかり方」といった本も出ていますが、これまで述べてきましたことを踏まえ、私の考える「賢い患者になるために基本となること」をあげますと、次のようになります。

  1. 自分が考える健康論を持つようにする。それに基づいて、自分にできることを毎日実践する。
  2. 病気にも効用があることを知る。
  3. どんな病気でも治るわけではないことをみとめる。自分のライフスタイルと関係が深い生活習慣病は分身と考え、上手につきあっていく。
  4. 病気の側からだけでなく、病人の側からどうすればいいか考えてくれる信頼できる「かかりつけ医」を持つように努力する。
  5. いきなり病院で受診せず、まず「かかりつけ医」で受診し相談する。
  6. 受診するときは、受診する主な目的(主訴)を明らかにし、病気になってからの経過を時間を追って書いた病歴を作成する。
  7. 心配なこと、医者に聞きたいことを整理しておく。
  8. 医者の前に出ると言いたいことが言えない人は、親しい人に付き添ってもらう。

おわりに

私自身、これまで "病気の問屋" のようにいろいろな病気になっています。腰痛症(ぎっくり腰)、円形脱毛症、尿路結石、急性前立腺炎、前立腺肥大、ヘルペス(帯状疱疹)、痔核、大きなほくろ、胃のポリープなど、思いつくままに挙げても、これだけあります。しかし、入院したのは尿路結石の一日だけです。

私は天理よろづ相談所病院を定年で退職しましてから四年になりますが、今も毎朝、3~4時に目覚めとともに起き、毎日忙しくしています。といっても再就職したわけではありません。天理病院に週1回非常勤医師として勤めている以外は、基本的にボランティアとしていろいろやっています。やりたいことがあって楽しい。朝の目覚めが爽やか。これだけで私自身は「健康」であると考えています。

健康は一人ひとり違います。健康かどうかは身体の状態だけでは決められません。周りとの人間関係を中心とする精神状態が大きく左右します。仕事がはかどらないなどのストレスがあれば当然、体調に影響します。こうしたことは、自分にしか分からないものです。

あなたが「自分は健康だ」と考える、ふだんの心身の状態を把握しておき、体調に変化があってもすぐに病院に駆けつけないことです。まず自分で判断し、大したことはないと思えば様子を見る。原因として思い当たることがあれば取り除く。それでも変わらないときや、「いつもと違う。ただ事ではない」とピンとくるものがあれば、病院で受診するのです。本人にしか分からない "気づき" といっていいと思いますが、これを大事にするのです。こうした生き方ができれば、「健康になりたいという強迫観念」にとらわれず、伸び伸びと、しなやかに自分自身の人生をエンジョイできることを、私自身の体験から保証します。

メモ

本稿は、2004 ( 平成 16 ) 年 5 月 31 日、元天理よろづ相談所病院副院長今中孝信氏が明城文化フォーラム21においてなされた講演の原稿です。

木原 記す

2004年9月

最終更新日 : 2011-01-19